安井金比羅宮は、通称「縁切り神社」と呼ばれており、境内には悪縁を切り、良縁を結ぶとされる「縁切り縁結び碑(いし)」がある。
縁切り縁結び碑は、真ん中に穴の開いた高さ1.5m、幅3mの巨石。男女関係・人間関係・病気などの悪縁を切りたいと願う参拝者によって、石の表面にはたくさんのお札が貼られている。
当地に安井金比羅宮が建つのは、もともとは藤原鎌足がこの地に仏堂を建立したことに始まる。この際に建てられたのは藤原家一門の繁栄を祈願した仏堂で、境内には藤を植えて「藤寺」と呼ばれた。平安時代には、この藤を好んだ崇徳天皇が、藤寺に寵愛する女性を住まわせてたびたび訪れ、堂塔の修理などもしている。
崇徳天皇が没してから何年か過ぎ、藤寺に崇徳院の霊が現れるようになった。その御霊を鎮めるために崇徳院を祀る堂塔が建立され、そこへ金毘羅権現と源頼政が合祀された。その後、明治維新の際の神仏分離で安井神社となり、第二次世界大戦後に「安井金比羅宮」の名称となった。
縁切り神社として知られる安井金比羅宮だが、良縁に結ばれた夫婦やカップルがお参りしても縁が切れることはなく、より強く結ばれる御利益をいただける、とのこと。